厳冬期の 東沢:釜ノ沢遡行 2011.2.11〜13 岩間 田中 みー(記) |
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雪稜クラブの昭和40年代の会報に、2月に東沢を遡行し甲武信ヶ岳に行った記録が載っていた。凍った川床をアイゼンの音を響かせ歩き、氷結した魚止めの滝や両門の滝をアイゼン・ピッケルで登り、途中で訓練をしながらも1日で甲武信小屋まで抜けた爽快な記録である。そんな山行を思い描き、予備日を含み2泊3日で東沢に行く事にしたのだが・・・
2月11日(金) 雪
南岸低気圧の通過に伴い、前夜から雪が降っていた。
湿っぽい雪が降る中、西沢渓谷の駐車場で身支度を整えるが、しみるタイプのヤッケを着ている田中社長は、出発前からヤッケが濡れてきている。
東沢に着くと、先月にはしっかり凍って簡単に沢を横切れたのだが、先週の暖かさで川床はかなり溶けてしまっていた。山の神までの道は雪のつき方が悪くて歩きにくかったので清兵衛沢出合でアイゼンを履く。
山の神を過ぎて沢に下りるが、川床は凍っていない。雪が積もったゴーロをアイゼンで歩いている状態で、何度も繰り返さないとならない渡渉がやっかいだ。金山沢手前の青いナメで氷が割れて岩間がドボンする。ザックが重くてすぐに抜け出せず、靴の中もズボンも腕もびしょぬれになったと言う。午後くらいからヤッケもしみ始めてきていたので余計に寒そうだ。靴の中もズボンも濡れてしまったが行動不能にはならないと言うので、手袋だけ交換して金山沢出合まで歩き、右岸の高台にテントを張る。
テントの中では、靴と服の乾かしタイムとなる。バーナーをつけると2人からはモクモクと水蒸気があがり、テントの中は霞んでしまった。私は上下ともしみないタイプのヤッケを着ていたので、湿った雪に降り続けられても何ともなく、服は全く濡れていない。濡れたヤッケを着て乾かしてあげようと思って手にとったら、水を含んでずっしり重く「ごめん、無理」と言ってヤッケを返した。その後、2人はヤッケを乾かすのは諦めでザックの中にしまいこんだ。晩御飯のカツ丼の時もバーナーを消すまで2人からは水蒸気は延々と湧き出していた。
<コースタイム>
西沢渓谷(9:15)−(10:58)清兵衛沢出合−(12:20)山の神―(15:23)金山沢出合
2月11日(土) 曇り時々晴れたり小雪 後 雪
朝、テントを出ると青空がでていた。私はヤッケの下はアンダーシャツ一枚でも暖かいのだが、しみるタイプのヤッケは着ただけで寒くなるという2人。今日は気圧の谷が通過するらしい。このまま天気が少しでも持ってくれればと願いながら出発する。
金山沢を過ぎたら水量が減って、川床がもう少し凍っているのではないかと期待したのだが、一向に凍っていない。
魚止めの滝は崩壊しかけていて、荷物を背負って登れそうもなく、一段目は岩間が空身で上がって全員のザックを荷揚げし、二段目は念のためロープを出したまま登る。
千条のナメは水流が見える所もあったが快適であった。3日間のうちで快適だったのはここだけだ。
両門の滝の西俣は凍っていたが、東俣は岩肌に雪がついているだけで凍っていない。田中社長が滝の左のスラブを空身でルート工作をしてフィックスを張って通過する。
ヤゲンの滝も結氷が甘く、もう一つ上の滝も一緒に右から巻く。
ここまでは約4時間、想定内の時間だったが、長い河原歩きはすぐに雪が深くなり、雪は膝上となってワカンに履き替えるが、大岩がゴロゴロしていて歩きにくい。夏であれば両門の滝から水師沢出合まで1時間半であるが、歩いても歩いてもゴーロは続き、次第に雪が降り出してきた。
やっと沢が左に曲がり、水師沢手前の40mナメ滝が出てきた。ナメ滝は雪壁になっていてアックスがよく利く。水師沢出合に着く頃には急激に気温が下がり、濡れた2人のヤッケは気が付くと白く凍りついていた。甲武信小屋まで行きたかったが、ヘッデンをつけても時間オーバーなので、出合の左岸にテントを張る。ヤッケを脱いでも人間の形のまま凍っていて、見たくないといってザックの中に仕舞い込んでいた。
今日もバーナーをつけると2人の身体から湯気がモクモクを湧き上がり、寝るまでお互いの顔が霞んで見えた。寝る頃には天気も回復し月が出ていた。
<コースタイム>
金山沢出合(7:23)−(11:29)ヤゲンの滝上−(15:53)水師沢出合
2月12日(日) 快晴
一昨日から何度も渡渉したために靴とスパッツはびしょ濡れで、昨夜からの急激な冷え込みで、ちょっと隙を見せただけで凍ってしまう。出発前にスパッツと靴をバーナーで炙って溶かす。2人はザッグの中で白い塊と化したヤッケを広げて着込み、ハリガネ虫のようになったアイゼンのベルトを締めて出発。
今日は快晴でうれしいと思ったが、雪は昨日より更に深く、すぐに腰ラッセルになってしまった。沢も傾斜を増して、凍ったところも出てくるのでワカンという訳にはいかず、ラッセルがきつい。特に沢が狭くなっている所は頭上ラッセルだ。小滝を覆う雪を払えばポッカリ穴が開いているのもやっかいだ。標高1900mを越えても水が流れていて、容易に沢際に近づけないため何度も大岩を乗越しながら、ラッセルと渡渉を繰り返す。岩間が何度も空身でラッセルに行ってくれるのだが、その後ろを歩いても、まだまだ沈み込む。
木賊沢出合手前で行動食を食べていたら、日が当たり始めて緩んだ斜面の雪が崩れてきて腰まで埋もれた。流れこんできた雪がトレースを埋めてしまったのが悲しかった。
木賊沢を分けると両岸は低い樹林帯となる。日当たりも良くて雪はザラメでラッセルもかなり楽になった。薄く凍ったナメの上に雪が軽く被さっていたが、途中で氷がなくなったので田中社長と私は左岸に逃げるが、岩間を草付にアックスをさして直登した。このまま雪が少ない事を期待したが、そうはいかなかった。雪は増えてくるし、アイゼンダンゴになって足は重くなる中、やっとポンプ小屋に着いた。ポンプ小屋から稜線までは夏であれば10分程度だろうが、樹林帯の雪は密でラッセルはきつく遅々として進まず、やっと甲武信小屋に到着する。標高差450mを6時間近く掛けて登ってきた。
ここからは登山道だ。戸渡尾根に出ればヘッデンでも楽勝で下れるだろうと安堵した。ワカンに履き替え、私はびしょ濡れのグローブを交換し、巻き道から戸渡尾根の分岐に向かうが、ここのラッセルも半端でなく、遂に岩間がスコップを取り出しスコップで雪を掻き分けながらのラッセルとなり、分岐に着いたのは既に16時だった。
分岐からは下りとなってラッセルの負担も減り、明るいうちに少しでも下ろうと歩いていくと、黄色いテントが目に飛び込んだ。この下はトレースがある!暗くなってもトレースを辿って下れる!一人でここまでラッセルしてきたのだから大変だっただろう。大喜びでテントの住人に丁寧にお礼を言ってから再度下り始める。いつもならトレースがあるとガッカリするのだが、今日程トレースが有難かった事はない。
トレースは徳ちゃん新道に延びていたので、迷わす徳ちゃん新道に入ると暗くなってきたので、アイゼンに履き替え、ヘッデンで下る。暗さと疲れでペースは少しずつ遅くなり、西沢渓谷に架かるループ橋の明かりは遥か彼方に見えて気が遠くなる。徳ちゃん新道は明確に尾根を下っていなかった。時には斜面をトラバースしている。赤テープもあまりないので、単独君のトレースがなかったら、ヘッデンでは下れず、もう一泊強いられただろう。
何度も小屋の幻覚を見ながら、やっと本当の小屋が現われ林道に出た。林道は平らで惰性で下れず、予想外の工程で喉もカラカラ。岩間が先に行ってゲートまで車を持ってきてくれた。
ゲートに着いたのは21時であったが、地元の強みだ。深夜までやっている温泉も知っているし、夜であれば1時間で家まで帰る事ができる。温泉に入ってファミレスでご飯を食べて、24時前には眠りについた。
アイゼンの音を響かせながら東沢を遡行は、素晴らしいアイスクラミングが待っているだろうと思っていたが、渡渉とラッセルに明け暮れた3日間は、アイスクライミングとは程遠く、東沢をアルパインスタイルで登ったと言った方がしっくりくる気がする山行となった。
<コースタイム>
水師沢出合(8:00)−甲武信小屋(13:51)―戸渡尾根(16:00)―西沢渓谷ゲート(21:00)